試験の難化は恐るべからず
2022年1月15日16日の共通テストを皮切りに、いよいよ2022年の大学入試シーズンが始まった。
共通テストに関しては、筆者が受験生と同じ試験時間で国語、数学、英語の主要3科目を解いてみた結果と所感をまとめた総評記事があるので、興味のある人はそちらの記事も覗いてみてほしい。
さて、今年の共通テストで最も話題をさらったのは、東大で起きた刺傷事件を除けば数学ⅠAの難化だろう。予想では全国平均は40点前後になるとの見通しが濃厚だ。
今回の数学に限らず、入試試験は毎年大体同じような平均点になるように難易度を考慮しているはずだが、それでも時として幅の大きい難化や易化がある。
世間的には、易化したら得点が伸びてラッキー、難化したら志望校のレベルを下げなくては、というような反応になるようである。実際こちらの記事などをみると、すでに難関校を避ける動きが多少なりとも見えてきているようだ。
しかし、わたしとしては、実は易化のほうが不利で、難化は有利に働く側面があると考える。今回の記事では、入試の難化は恐れるべきではないということを分析していきたい。
試験難化による得点差の縮小に注意
議論を単純化させるために、少し仮定を重ねよう。
ここに、5人の受験生がいるとする。
ある科目について、得意科目とする受験生A、やや得意なB、平均並みのC、やや苦手なD、苦手科目とするE、という5人だ。
さらに、試験は100点満点中50点が取れるように設計されているとする(これも仮定ではあるものの、実際の共通テストも平均点が50点になるように設計されている)。
A~Eは、平年並みの難易度であれば取れる点数を90点、70点、50点、30点、10点とする。
こうした場合、5人の平均点はきれいに50点となる。
また、試験が難化した場合、得意科目とするAへの影響が最も小さく、苦手になるほど点数の下落幅が大きいと仮定する。
逆に易化した場合、得意科目のAはより高得点が取れ、苦手になるほど点数は変わりづらい、と考えて良いだろう。
このような仮定のもと、試験が難化した場合、易化した場合の影響を下記の表にまとめた。
これを踏まえて、試験が平年並みの場合、難化した場合、易化した場合のそれぞれにおいて、5人の点数はどうなるのかを計算すると下表のようになる。
得意な人は易化すると90点×1.5%=135点となりカンストしてしまうので、そこは100点としている。
さて、このグラフで何がわかるだろうか。まずは、各シナリオでの平均点と5人の得点差をみてみよう。
まずは難化した場合を見ていこう。
平年並みの青グラフと、難化時のオレンジグラフを見比べよう。
得意科目としているAは、平年並みのときと比べて2点しか開いていない。
それに対し、苦手科目としているEは得点差が6点も縮んでいる。
したがって、難化したことで全体の点数が下がった場合、最も恩恵を受けることになるのは、苦手科目としているEであることがわかる。
逆に、一番損をしているのはやや得意としているBだ。
本来であれば得意分野であり、平均点に+20点できたはずなのに、難化したことで平均点との得点差は+17点に縮んでしまった。一方、やや苦手な人は本来であれば平均点から-20点と不利になるはずなのに、難化したことによる平均点との得点差は-21点と1点分しか損していない。
下の2つのグラフは、それぞれAとE、BとDの得点差を比較したものだが、試験が難化すると両者の得点差が縮むのがわかるだろうか。
得意科目で他の受験生との差をつけたいAとBにとっては不運な現実だ。
では逆に試験が易化した場合もみていこう。
今度は平年並みの青グラフと、易化時のグレーグラフを見比べよう。
この場合も、一番損をするのは得意科目としているAだ。
平年並みであればAとBの得点差は20点開くはずであるが、問題が易化したことでBの得点が大幅に伸び、両者の得点差はたった4点に縮んでしまった。
下のグラフはAとBの得点差をまとめたものだが、易化すると、Aの絶対優位性は大きく損なわれてしまう。Bがかなり台頭してくるので、Aであっても、1つのケアレスミスが命取りになりかねない状況に陥る。
絶対に満点を取らないといけないような状況は、得意としている受験生にとっては逆にプレッシャーのかかる形にもなるのだ。
また苦手組がどうかというと、易化した場合に得点が伸びて喜んでいるはずのDとEは、ぬか喜びに終わるだろう。
試験が簡単になったことで全体の平均点が上がり、結果として平均点との差は平年並みのときよりも広がってしまっているのだ。
このように単純化してみると見えてくる傾向として、試験が難化して損をするのは実は得意としている受験生(AとB)で、易化して損をするのは苦手としている受験生(DとE)なのだ。
もちろん、上記は非常に簡単な例を用いて分析しているだけではあるが、実際の入試ではこれが各科目1点単位で起きていることになる。
試験が難化したとき、志望校を下げるべきか
先に結論を述べるが、試験が難化し、想定よりも点数が取れなかったという理由で志望校を下げるのは得策ではない。
あなたが上記のAやBだった場合、絶対値で見れば得点は高いことになる。
DやEだったとしても上位層との点数差が縮んだので、他の科目の出来や、2次試験次第では一発逆転もあり得るのだ。
結局、難化したがどうかだけで大きな逆転現象が起きるわけではない。
どの段階においても油断大敵であり、諦めたらそこで終わりな状態は変わらない。
トップレベル難関校の足切りにかかってしまったのであれば変えざるを得ないだろうが、例えば旧帝七大のような国立大学であれば、2次試験勝負の側面が強く、共通テストだけですべてが決まるわけではない。
どの受験生であれ、意識を切り替えて、これから本格化していく私立入試、そしておよそ1ヶ月後に控える国立の2次試験に向けて気持ちを新たに勉強に臨んでほしい。
試験が難化した場合、点の取り方を変える
当初の想定よりも試験が難化していると私見中に気づいた場合、変える必要があるのは試験の戦略だ。
特に、点数を取りに行く際の考え方一つで時間の使い方などが大きく変わってくる。
もし、現役時のわたしの感覚と、今の受験生の認識が大きく変わっていないのであれば、共通一次の数学は満点を狙う想定で臨むことだろう。
理系であれば当然のように満点を狙っていく科目であり、稼ぎどころだ。
文系であっても、難関国公や難関私大を目指す受験生であれば満点狙いは多くいるだろう。
共通テストというのは、受験シーズンの中で唯一といって良い、満点の想定が生まれる試験である。
そういった想定の中、大きく難化した試験を前に、焦ったり、パニックになったりしてしまうのはある程度しようがない。
大切なのは、その時どう対応するかだ。
冷静に、戦略の方向転換をする
本番であれば、難しく感じているのは自分だけなのか、周りの受験生も苦戦しているのか、もちろんわからない。試験中にSNSで人の感想を見ることはできない。
それでも、パニックにならず、冷静でいなければならないわけだが、そうした場合、まずは「満点狙い」というベストの結果を目指す戦略を変える勇気をもとう。
試験が難しく感じた場合に有効な戦略は、無理に全問に手を付けて満点を狙いに行くのではなく、手を付けた問題は絶対に落とさないようにすることだ。
特に、共通一次の数学に関しては、問題との戦いと同時に、時間との戦いもある。
ⅠAに関しては試験時間がセンター試験時代よりも10分延長されたとは言え、よほど計算が速いか、解法がすぐ浮かぶでもなければ、全問正解するのはそれなりに難しい。
「試験が難化している」、少なくとも自分はそう感じている場合に、無理に当初の目標通り満点狙いを目指すと、普通であればしないようなミスが起こりうる。
これは大げさな話では決してない。
終わってから話しても詮無いことだと思うかもしれないし、実際にやってしまった受験生からしたら耳の痛い話であろうが、実際、マークシートの記入ミスは毎年それなりの受験生がやらかしている。
誰も言わないでいるだけであって、あなたの学校や予備校のクラスにも一人くらいはいてもおかしくない。
こうした(致命的な)凡ミスが起きるのは、兎にも角にも焦っているからだ。
試験が難しい場合、頭を切り替えて、手を付けた問題だけは必ず落とさない、と心に決めて1問1問丁寧に解いていこう。
逆に言えば、そうした戦略に切り替えた以上、時間を使った問題で得点ができないのは非常に痛い。わたしが今年の共通一次数学で得点できていなかったのも、そういった部分が大きかった。
数学をしっかりと勉強している人は共感してくれると思うが、当初解法が浮かばなくても、なぜか少し時間が経つとすんなり解けたり、手がかりが頭の中に浮かんだりするものだ。
ずーっと留まって考え込む、というアプローチは、こと共通テストの数学においては得策ではない。
序盤の簡単な設問で確実に得点し、解法が浮かばなければ一旦先に進む、という、よく耳にする共通テストの定石は、難化した場合の試験で点数をかき集めるのに、最も真価を発揮するのだ。
今後に引きずらないメンタルも大切
言って簡単に切り替えることができるものでもないが、受験は始まったばかりだ。
共通テストだけではなく、今後受ける入試問題でも例年よりも難化しているものがあるかもしれない。
共通テストで思うように実力を発揮できなかった人も、気落ちしているのはもったいない。
次に難しい…!と感じるテストにあたったときには、解けそうな問題を見極めて、手を付けた問題は必ず正解させる、と頭を切り替える勇気を持ってほしい。あなたが難しいと感じているということは、他の受験生も難しいと思っているはずだ。そうなったら如何に手を付けた問題を落とさないかが合否を分けるものとなる。
編集後記
受験において最も重要なことは、合格することだ。
合格できなければこれまでの努力は意味がなかったと考えるだろうし、行きたい大学に行けなければ自分の人生はもう終わりだと思ってしまうかもしれない。
「結果よりもプロセスが大事だよ」とか「苦労はいつか報われるよ」などと綺麗事を並べるつもりはない。みな、死ぬ気で努力して合格を目指してほしい。
ただし、受験は水物だ。受かるときもあれば落ちるときもある。
勝者の影には必ず敗者がいる。あなたがどちらになるのかはわたしにはわからないが、必ずどちらかには入ることになる。
どうなったとしても、そのときに最も大事なことは後悔を残さないことだ。
終わってみてから、「落ちるかもしれないけれど、行きたかった大学を受ければよかったな」と思うかもしれないし「無理に特攻するよりも無難に攻めればよかったかな」と思うかもしれない。
結局は自分の人生だ。最後は自分でどうするか、どうしたいか決めてほしい。
塾の先生が言ったから、学校の先生に勧められたから、親がそう言っているから、という理由で自分の運命を委ねてしまうと、必ず後悔することになる。
そしてその後悔は最悪の場合一生引きずることになる。
やった後悔よりもやらなかった後悔のほうが絶対に大きい。
それが、少しだけ先に生きているわたしたちの、唯一のアドバイスだ。