成り得る中で最高峰の自分になろう
はじめに、唐突な質問になるが皆さんの将来の夢は何だろうか。
幼い頃は、プロ野球選手、アイドル、最近であればYoutuberになりたいなど、あれこれと面白い願望が出てきたものだろう。それが、だんだんと歳を重ねるにつれより現実的になっていき、悪く言えば下方修正されていったことだろう。
物事を見る目が現実的になっていくのは決して悪いことではないのだが、自身の可能性を過小評価し、将来像を下方修正していくのは実にもったいないとわたしは考えている。理想論だろうと思うかもしれないが、決して間違ったことと断じることはできないのではないだろうか。
まだ年若い君たちは、なろうと思えば数え切れないほど多くの可能性を掴むことができる。
しかし、なろうと思わなければ何者にもなれない。
まずはそのことを心に置いておいて欲しい。
本記事では、多少青臭いかもしれないが、理想を描き、そこに至るための心構えとでも言うべきものを書いていこう。
目標がある人はすでに動いている
「良い歳してプロ野球選手になれると信じるのはナンセンス」
「アイドルになりたいなんてバカげている」
「Youtuberで成功するのはほんの一握り」
現実に直面した人たちならば、口を揃えてそう思うことだろう。
成長するにしたがって世の中のことを知り、自らの立ち位置や相対的な能力を理解していく。
しかし、それでもなお夢を描き続けるほどに実力や才能に自信があるのであれば、もしかしたらなれるかもしれない。
そういった一握りの人たちは、既に行動に移しているだろう。
本気でプロ野球選手を目指している高校生であれば甲子園常連校に進学しているだろうし、アイドルを目指しているのであれば、事務所に入る、レッスンに通う、といったことに心血を注ぐはずだ。Youtuberを目指しているのに動画を投稿していない人はいない。
そういった一握りは、夢や目標にエネルギーを用いることに疑問をもたず、例え一人でも先へ先へと邁進していく。
ここで問題としたいのは、具体的な目標がなく、ただ漠然と日々を送っているその他99%の面々である。
特に、そういった人が往々にして「他人の頑張りをバカにしている」ことだ。
せっかく若さ(転じて体力・気力・吸収力といったメリット)と時間があるというのに、漫然とスマホをいじって時間を浪費している学生のなんて多いことか。
スマホは偉大なテクノロジーであるが、簡単に時間の浪費へとつながる。また、インターネットの匿名性は負の面を増幅する価値観へと容易にアクセスできてしまう。心を動かす、人生を変える、常識を変えるほどの創作や仕事ができるはずの人類の叡智は、一転して人を怠惰に縛り付ける鎖になってしまう。生まれた時からそういったものに触れているのであれば、致し方ない面もあるだろう。しかし、そうしてしまっているのは自分である。
ウザいことを言われて嫌な気分になったかと思うが、何を隠そうわたし自身も非常に無駄な日々を過ごしてきた。アラサーのおじさんになった今となっても、当時の怠惰な自分に対する後悔が非常に大きく、未だに反省しているのだ。周りの大人も、大なり小なりそういった側面をもっているだろう。
だからこそ君たちには、今の大人たちを反面教師にしながら、有意義な時間を過ごし、最終的になりうる限りで最高峰の自分になってほしいと思う。
そのためにもまずは、目標を持つことの大切さと効果的な目標の設定の仕方について考えていいこう。
下方修正される将来の夢
君たちは幼いころ何になりたかっただろうか。
将来の夢は?と聞かれたらなんと答えていただろうか。
そしていつから皆はその夢をあきらめてしまっただろうか。
どの程度の信憑性かわからないが、ロボクロムが集計した「高校生のなりたい職業」では1位が会社員、2位が公務員となっている。(ちなみに、3位はITエンジニアとプログラマーなんだが、ITエンジニアもプログラマーも大半が会社員なので、この職業だけなぜ別枠なのか全く意味不明な調査結果であることは否めない)
ここから読み取れることは、概ね「別に将来に大きな夢も希望もなく、会社員か公務員、要は民間か公的かの違いはあれど、とりあえずリーマンに”なりたい”」ということだろう。
出所:ロボクラム(https://robo-gram.com/job-2022/)
アラサーおじさんに言わせてもらうと、まだ学生、人生のぺーぺーがこのような価値観だけをもっていることはまったくもってあほである。
会社員も公務員も、別に目指さなくても誰にでもなれる、大学生の末路みたいな職業である。あえて言うならば、頑張らなくちゃなれないのは官僚(国家公務員)くらいか。
心の底からサラリーマンになりたいと思ってるとは考えないが、「自分がなれるのはせいぜい会社員か公務員だろう」くらいに思っている人が多いのではないかとは思ってしまう。
確かに、会社員として働きながら、家庭をもって幸せに暮らしていくことも立派な夢として成り立つだろう。しかし、夢という観点から見てしまえば目指してなるような職業ではない。例えばトップYoutuber並の成功が得られるのであれば、多くは会社員ではなくそちらを選ぶのではないだろうか。
夢を描いたうえで現実を磨き続けた男
ここで、とある高校球児の将来の夢をみていこう。
野球選手を例にあげることが多いのは大目に見てほしい。わたしが好きだというのもあるし、やはり今でも日本のスポーツ界での成功の象徴でもあるからだ。
これはマンダラチャートと呼ばれる、アイデアの整理や拡大などを図る手法だ。
中央に書かれているのが大目標であるのだが、プロ野球選手になることではなく、それはもう前提として「8球団競合ドラフト1位」を目標としているのがわかるだろうか。
※ちなみになぜ8球団なのかというと、8球団競合ドラフト1位が日本記録だからである。
日本人メジャーリーガーの先駆者、野茂英雄を含む2名しか過去に8球団競合となっていない。この高校球児はそれを意識し、自分も8球団競合でプロ野球選手になってやると思っているのだろう。
現実的な観点からこれを見て思うのは、大方「なんて無謀な夢をもったやつなんだろう」といったところだろう。8球団競合ドラフト1位以外にも、みているこちらが恥ずかしくなるくらい意識の高いワードがちりばめられていて、仮に同級生がこれを真面目に書いていたのであれば、いくらでもバカにして笑ってやれるような内容だ。
ではこれを書いたのは誰かということだが、誰もが良く知っている人物だ。
この目標設定の手法すら有名になっているので、既にわかっている人もいるだろう。
今やプロ野球の最高峰である米メジャーリーグにおいて、二刀流で活躍している大谷翔平選手である。画像は、彼が高校1年生の時に作った「夢ノート」だ。
もはや誰もが知る野球界最高の選手の一人でもある彼は、高校1年生のころから、これだけの高い目標を掲げ、それを上回る活躍をしている。その大谷翔平が書いたと思うと、バカにしたくなる気持ちもなくなってしまうのではないだろうか。
頑張らなくてもよくなってしまった日本社会
残念なことに、今の世の中は「頑張らなくて良い」という風潮が非常に強い。
頑張って身体を壊したらどうする、精神がやられたらどうする。
無理するな、楽をしろ。
辛い思いをする必要はない、などなど。
試しに「頑張らなくていい」と画像検索してみると、まあなんとも心温まるメッセージが溢れている。
あるいは逆に「頑張れ 本」と検索してみても、頑張らなくていいという本が混じって出てくる程に、今の社会は頑張ることを避け、頑張ることを忘れてしまっている。
過去を反省しているわたしからしてみると、ぞっとするような検索結果だ。
これからの日本を憂うほどに、頑張らないことが正当化されてしまっている。
もちろん、体調を壊したり、死にたくなってしまうほど頑張ることを強要するのは間違っている。やりがい搾取やブラック企業、個人のスキルや経験を軽視する会社などはどんどんなくなっていってほしいとも思う。しかし、大谷選手ほどではなくとも自分なりに頑張ることと、そもそも頑張ろうともしないことは大きく違う。
頑張らない自分を正当化する考えや言葉は非常に多い。
最近であれば上級国民、親ガチャといった言葉はその最たるものだろう。
今では「才能」という言葉ですらそうなのかもしれない。
確かに、親の経済状況によって学習環境に違いが出るのは事実だし、上級国民ばかりがいい甘い汁を吸っている理不尽な部分があるのも否めない。運動能力やスポーツの特性に対して才能の影響は大きい。
しかし、そもそも頑張ってもいないのに、「何もする前から、やるだけ無駄、意味がない」と考えてしまうのは、また違う話ではないだろうか。
教科書に載るような偉人だけでなく、今の便利で快適な生活が成り立っているのは、先人の、そして今も頑張っている人がいるからだ。
働いてみるとわかるのだが、給料泥棒みたいな連中がいるのも事実ではある。
けれど、わたしたちの周りには頑張っている人が必ずいて、その人たちが社会を、経済を、世の中を支えているのだ。
芸能人やプロスポーツ選手、Youtuberのように派手なことはできないかもしれない。
みんながみんな大金を稼いでいるわけではないかもしれない。
でも、頑張っているのだ。
もし頑張らなくてもいいことが認められるとしたら、それは、頑張らない人の分も頑張っている人がいるからだ。
全員が頑張らなくなってしまったら、この世界は崩壊してしまう。
成り得る限り最高峰の自分になろう
頑張る、というのは主観的な面が大きい。
他人の言う「頑張っている」「頑張っていない」は所詮相手の主観でしかない。
わたしにとっての「頑張る」というのは、小さな円を大きくしていくことだ。
頑張ることによって、だんだんと自分という円が大きくなっていく。
逆に頑張らなければ、いつまでも小さくしぼんだ風船のような状態でとどまる。
頑張れば頑張るほど、自分という円は大きくなる。
そして、ここで最も大事なことは「円が大きくなる」の尺度は何でもいいということだ。
高校生であれば、偏差値かもしれないし、部活での記録かもしれない。
資格試験に受かることかもしれないし、ゲームの大会で結果を残すなんてことでもいいだろう。
自分のとっての目標を定めそれに近づくことこそ、円が大きくなるということだ。
この自分という円を大きくしていく作業は、別に高校時代だけで終わることではない。
大学、大学院、社会人……頑張ることに終わりはないのだ。
辛いこともあるし、何をやってんだ俺は、と思うこともある。
どう足掻いても敵わないような凄い人なんていくらでもいるし、上級国民の既得権益にはかないっこない部分もある。
しかし、だからといって最初からやめてしまうのだけはだめなのだ。
どこまでも食らいついてやると思うかは、人によるところではあるが。
別に休むことは悪いことではないし、遠回りしたっていい。時には馬鹿をやってもいいだろう。ただし、最初から何もしないというのは違うようにわたしは思う。
頑張る人が笑われる世の中になってしまったからこそ、わたしは君たちに「頑張れ」と言いたい。
結局のところ、円を大きくするために小さな積み重ねを続けていくことでしか「成り得る限り最高峰の自分」にはなれないという、救いの無いことを書いている。それでも、少しは頑張っていると自分を認めることが出来るようになった今だからこそ、まだ年若い君たちに頑張れと言いたい。
手法はいくらでもある。調べればいくらでも出てくる。
可能性もいくらでもある。人は宇宙にだっていけた。
君はなりたいものになれる。時間は君の味方だ。
頑張らなくてもいい、という世の中の雰囲気に負けることはない。
成り得る限り最高峰の自分になろう。
編集後記
実は本文よりも、編集後記を書くことのほうが楽しみであったりする笑
さて、偉そうに講釈をたくさん垂れてきたわけだが、じゃあお前の目標はなんなんだ、と言われそうなので、最後に私が大学1~2年くらいに設定した目標を進捗状況を紹介したい。
20代 年収1000万円
30代 年収1億円
40代 総資産10億円
今わたしは33歳なのだが、20代の目標であった年収1000万円は20代のうちに問題なく達成した。
あと7年で年収1億円を目指さなくてはいけないわけだが、今諸々投資しているもののリターンなどを勘定に入れると、目標額までの進捗は30%超といったところだ。
芸能人でもYoutuberでもないのに年収1億円なんて、バカだと思うだろう。
絶対達成できないと思うだろう。
しかし、わたしはまったくあきらめていないし、日々どうすれば達成できるかを考えてアンテナを張っている。
そもそもできないと思ってやらないのか、それともできると信じて精一杯頑張るのか、
わたしは頑張るほうを選ぶ。
細やかな結びとなるが、わたしは君たちもそうであってほしい。